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ラオス バンビエン ハッピーシェイク ハッピーピザ
TRIP 海外

【ラオスのハッピータウン】2012初めてのバックパッカー【#4】

※この記事は2012年のタイ、カンボジア、ラオスの旅を元に2019年に新たに書き起こしたものです。

2011年、渋谷のボロアパートでルームシェアをしながら、フォトグラファーになると言う夢を言い訳にダラダラと過ごしていた僕に3.11は突然やってきた。安易な僕は何かをしなければという衝動に駆られ、翌年には仕事を辞め大型のバックパックを背負いタイに降り立っていた。

#1タイ編から読む

#2カンボジアの出会い編から読む

#3カンボジアの悲劇編から読む

#4 ハッピーシェイクとハッピーピザ

「何もないけど、何でもあるよ、ハッピータウンだからね」

インターネットカフェで出会った明らかな沈没者の青年にラオスの山の村バンビエンをおすすめされた僕は悪路でボコボコのいろは坂をバスで登っていた。

ラオス バンビエン 景色
バンビエンは独特の景観を持ったのどかな村だ。
ラオス バンビエン 景色
神様がたくさん放し飼いされている。

悪路のバスに半日近く揺られ、首都のヴィエンチャンからバンビエンに到着し、適当に目についた宿にチェックインした。なぜこの村がハッピータウンと呼ばれているか。その秘密はハッピーピザとハッピーシェイクにあった。

ラオス バンビエン ハッピーシェイク ハッピーピザ
ラオス バンビエン ハッピーシェイク ハッピーピザ

「マリファナを吸ったからって、頭が良くなるわけじゃ無い、そう、それはまるで夢で見ていることを理解するような、海馬の再構築を覗き見るような、そんな体験なんだ。最初から無い人には無いものしか見せないし、すでにある人には、すでにあるようにしか見せないんだ。」

「そうなの?」

「そうさ、この世界の大半は最初から無い人ばかりだからね、ましてや都市で生活を送っていると経済を回さなくちゃいけないだろ?考える習慣を民衆に持たれる訳には行かないんだよ。どうしたって政府には都合が悪いのさ。わかるか?」

「どうだろう。よく分からないな。」

「だけど、もうすぐ世界は変わるさ、俺には分かる。労働が効率的になって生産性が上がればどんどん仕事が無くなるんだ、そして巨大な不景気がやってくる。その頃には逆に政府にとって都合のいい物に変わるんだ。そうだな、まずはアメリカ、続いてカナダ、その後アジアに広がっていくぜ」

「日本は?」

「日本?日本はダメだ、考える習慣が無いからね。みんな考えているふりをしているだけだ、100円ショップで安く物を買えたって喜んでるような連中だぜ?お前がそこで払わなかった分、この辺の誰かが払ってるなんて単純な事すら分からない。色んなことを上手くやった気になっていて、自分が賢くなったと思ってるんだ。アルコールくらいがお似合いだよ。絶望的だね。」

浮き輪を椅子にして日向ぼっこをしながら饒舌なおしゃべりを続け、器用に1本ジョイントを作り上げ、ライターに火をつけた。

「そうだ。最高の食事にしよう。」

「マンチーカオチー?」

僕らはレストランに向かい、それぞれ大きなサンドイッチ(カオチー)を頼んだ。フランス領だったラオスもフランスパンが最高に美味しい。特大なシェイクはシェアする事にした。

ラオス カオチー バンビエン ハッピーピザ
まんちーかおちー

「お前知ってるか?この街にいると色んな日本人がやってきて、ハッピーになっていく。みんな長旅ですっかり薄汚れちゃってるけど実は大半が、誰もが知ってるような有名大学の大学生や、一流企業や外務省に内定をもらって旅に出てるようなやつらなんだぜ?日本のヤンキーみたいな奴なんか滅多に来ない。一流企業の駐在員とかもよくくるぜ。」

「そうなの?」

「信じられないだろ。このくらいの経験は社会に出たら必要だって顔して、スマートに遊んで、留学経験もあったりして英語もそれなりに話せてさ。自分のことは自分で決められる限られたやつらなんだ。」

「確かに外務省で働くような人が、学校の先生みたいな事言ってたら心配になるよね。」

「日本に帰っても忘れるなよ。思考し続けてる奴と、消費してる奴はまったく別なんだ。消費者になるなよ。」

「分かった。覚えておくよ。」

ラオス バンビエン 川沿い
川沿いのレストラン。

「聞いてよ、私分かったの。川って本質的には宇宙みたいな物なの。だってそうでしょ?同じ流れは二度とおこらないし、とっても長い。川には牛もいるし、そう牛もいるのよ?川は人間だけのものじゃ無いの。牛にとっても大切な水浴び場なのよ!あっ。分かった!ガンジス川もそうゆう事だったのね!!」

チュービングで感化された1人のギャルがハイテンションで話しかけてきて僕らのシェイクを飲みだした。彼女だって、メイクはすっかりボロボロだけど、名の知れた有名大学の学生だ。

「まじかよ!それは大発見だな!何を食ったの?」

「紙よ紙入りシェイク。気付いたら12時間も経っちゃってたわ。それより、大変なの。本当に大変なの。知ってた?牛って本当は神様なのよ。私分かっちゃった。どうして牛が神様だって事に気づいたか聞きたい?牛だけオーラの色が違うの!」

「あーもう最悪、あの男、口は達者なくせにジョイントもうまく巻けないの。挙句にベットでバッドよ。バッドって最悪の方のバッドよ。この場合ベースボールのバットだったらいい意味ね。ほんとうに最悪。口パクパクさせて鯉みたいな男ね。」遅れてもう1人やってきた。彼女はカナダに留学していて休暇中だという。彼女も僕らと同じメニューを頼み、ベーコンだけ残した。

「ほらわかる?例えばニワトリって黄色じゃない?ゾウは茶色、でも牛だけは黄金なの。人間なんて大半が黒よ?」

「ジョイントも上手に巻けないなんて、人生の童貞ね。クレイージーよまったく。」

「人生の童貞?アハハ、最高だな!名言だ!」

「ねえ、さっきの話僕分かったよ。最初からあるか、最初から無いかの話。いい例をいま目撃してるよ。」

「ねー2人で何コソコソ話してるの?私の牛の話を聞きたくないの?」


「あーそうか!俺も分かった!だからあの大仏は平らだったんだ!」

ラオス バンビエン 夕日
止まらないおしゃべりはいつまでも続いた。
自称仙人。

泊まっていた宿の1階で出会ったのが自称仙人だった。すごくバイタリティ溢れた仙人で、世界中を仙人のコスプレをして旅をしている。仙人のコスプレをしてると、無料で宿に泊まれたり無料でご飯が食べられる事がたまにあると言っていた。とても70代半ばには見えない。仙人も元々お国に仕える仕事をしていて退職後から旅を始めたらしい。

仙人は僕に手作りの水をくれた。

「これはミネラルウォーターを半分飲んだ後に、水道水を半分入れた水なんじゃ。こうやって、少しづつ胃をならせば、すぐに現地の水が飲めるようになるんじゃよ。」

「へー、すごいね。ありがとう。」

ラオス バンビエン 街並み

人生は短い。そして必要十分に長い。自分なんか探してないし、自分なんか見つからない、ただ、人生に旅は彩りを加える。人の数だけ、文化があり、文化の数だけ歴史がある。

成田に向かう飛行機の中で、上出来だ。すぐにまた戻って来よう。そう心に決めていた。

※この記事は2012年当時の物です。2019年にバンビエンを訪れた知人によると現在はまた違った毛色の町になってるようです。

【始まりのタイ】2012初めてのバックパッカー【#1】

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