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12Days TRIP 国内

【2024石垣・北海道】12 Days Long Trip

日本は縦に長い海と森の島国であることを、体験しよう。

#要するに日数の長さじゃなく、いかに汚れていくかなんだ。

 前回の2021年信州の旅12Daysから気づいたら3年も経過してしまっていた。その間に起こった出来事と言えば、LLM(Large Language Models)が飛躍的に発展したり、日本の首相が銃殺されたり、ロシアがウクライナに侵攻し、悲劇の戦争が続いていたり。結局のところ相も変わらず「おじさん達の精神の未熟問題」が世界中で同じような問題を引き起こしていて、次のパンデミックはおじさんをターゲットにしたウイルスになればいいなとか、選択的DINKsって遺伝しないって神秘的だななんて事を考えながら日々を過ごしていた。織田信長がどっかで絡んでいる家系図をずっと1000年とか紡いでいって最後が(選択的DINKs/江東区在住/共働き/犬2匹)ってそりゃびっくりするよね神様も。

 この3年間、別に何もしていなかったわけではなく、京都・奈良を6日間かけて巡礼の旅をしてみたり、毎月家族で宿泊を伴う旅行に行くというミッションを24ヶ月連続くらいで達成したり、人並みには「旅行」はしていた。娘も3歳も後半になりコミュニケーションもほぼその辺の成人と遜色無くなって来た頃だし、そろそろ何かもう少し実験的で批判的な旅をしてみたいなと考えだしていた時期だった。子供が生まれるとどうしても教育的な視点でものを物を考えすぎてしまうけど、飛行機・車・船を多用しながら、八重山諸島と北海道を12日間かけて巡る旅とする事にした。半袖で海で遊び、ヤドカリを探しながら、まだ雪に埋もれる北海道でキツネを探して鹿を食べよう、そして後半の北海道は3歳の娘と2人旅としよう。

 そう、僕がいつも旅に求める物はただ長ければ良いという事ではなく、いかにして「疲弊し汚れていくか」なんだ。例えばたった2泊でキャンプをするとしても、毎日入浴して、毎日着替えて、毎日豪華な食事を作っているなら、それは都会の延長線でしかない。たかが2泊でもできるだけ簡素な環境で、土の上に座り、土の上で寝て、質素な食事をし、熊を恐れて寝れなくなり、ひどく疲れた顔になる。だんだんと虫が気にならなくなり、夜明けのありがたさを感じ、そして、馬鹿とは何かを思い出し、そうゆう感覚をとりもどす。そうゆうことなんだと。

八重山諸島の魅力は、西表・石垣の深い森と生き物の多様性にあると思う。

#要するに、寝るんだったら良いホテルが一番良い。

 ひゃっほーい!南の島のホテルはやっぱ最高!!仕事頑張った自分への自尊心も満たされるし、ストレスも皆無、接客もちゃんとしてるし、食堂のおばちゃんみたいな効率こそ全てみたいな動きしないし、ちゃんと目を見て話を出来るし、ちゃんと主語を使えるし、ちゃんと挨拶できるし、子供に優しいし、あと大袈裟にあやまったりしないし(もおおおしわけございませええええん、って)、やっぱり寝るんだったら良いホテルが一番良い。やっぱり飛ぶんだったらJALが良い。なんでみんなそうしないんだろう?

 旅の前半は家族3人で石垣にベースを置いて、周辺の竹富島・西表島・由布島を船を使って巡りながら、自転車に乗ったりグラスボートに乗ったり、マングローブの森を散策したり、普段は人工芝の駅中保育園で過ごし、アリすら怖がる臆病な娘をなるべく自然に解き放った。

竹富島で子乗せ自転車で2人乗り出来たのが楽しかった。
沖縄の魅力は、海よりも森だと思う。
羽田空港から日帰りもできちゃうこの絶景。改めて日本の魅力は自然にある事を感じる。

#北の大地で、その大きさと向き合う時間。

南の島を満喫した後は文字通り一転、飛行機で羽田に戻り、車に乗り換えてカーフェリーを使い、3歳の娘と2人旅で北海道を目指すことにした。

車をカーフェリーに積み込み、大洗から一晩かけて苫小牧を目指す。

新しくて快適で豪華な物が、必ずしも心を豊かにするとは限らない。少なくとも旅においては、快適に素早く移動出来て豊かになった経験を僕はあまりした事が無い。そんな事を考えながら想像よりしっかりと揺れる船の上で、ひどく退屈な時間を3歳の娘と共有する。携帯の電波も通じない環境で、退屈である事の価値を思い出しながら。

羊蹄山を望む。

北海道は苫小牧にフェリーで着岸した後は、白老町→洞爺湖→ニセコ→小樽→南富良野→札幌→苫小牧から再びフェリーで大洗を目指すルートで旅をした。まだ雪の残る北海道の大地を3歳の娘と車で旅するこの時間は想像していたよりもずっと、ひどく退屈で、どんよりとした時間だった。もちろん絶景は絶景であったし、キツネや鹿、様々な野生動物を見ることも出来た。海鮮も美味しかったし、空はいつだって独特の本州にはない色味を見せてくれた。旅も中盤になってきて、僕たちはそれぞれ別のベットで寝るようになっていた。実験的で批判的な旅、いかに汚れていくか、旅行と旅の境界線は、海と空の境界線くらいはっきりとした、明確な直線としてそこに存在していた。

南富良野で鹿を見つけることにもうんざりしながら車を走らせていると、目の前を鹿の家族が横切った。次の瞬間、僕の前を走る水色のアクアに1頭の鹿がちゃんと轢かれた。道路に横たわる瀕死の鹿と、僕と娘はしっかりと目を合わせることになった。あの時のロードキルされた鹿の目は、しっかりと僕らに突き刺さった。やっぱり鹿ってどこか馬鹿そうだなって思っていたけど、あの轢かれ姿はやっぱりどこか間の抜けた姿を感じさせた。馬は鹿に文句を言った方がいいと思う。僕たちは全然違うって。宿に戻った僕たちは、シモンズの真っ白なベットの上で鹿の乾燥肉をかじりながら、ヴィーガンについて語り合った。そして、また別々のベットで眠りについた。水色のアクアに真っ赤な鮮血がしたたる夢を見ながら。

札幌に着いた僕たちは、真っ先にすすきのへ向かい、味の濃いハンバーグを食べ、デッカいパフェに舌鼓を打った。道端でマラカスを買って、ベットの上で沢山ダンスをした。北海道大学の博物館で病理標本となってる人間の手足を見て、昨日の鹿を思い出し、選択的DINKsについて語り合った。鹿の家族はアクアに轢かれた君を、森の中から間の抜けた感じで見つめていた。僕たちも君たちも、とてつもなく長く大きな輪の中で、ただ繋がっていた。ただ、貴方達だけは、輪の外側からこちら側を間の抜けた感じで見つめていたのだった。君たちはとてつもなく大きな罪を犯したのかもしれない。

僕たちの2024 12 Days Long Tripは、静かに溶けるように日常へと消えていった。